通勤ラッシュ

最近は、テレワークで週に1-2日程度しか出勤しない人も増えているが、昭和の時代はフレックスタイムも無く、通勤電車の混み方は半端なかった。

1980年頃の通勤ラッシュを解説した本には、山手線がピークで200-220%、最高は東横線の自由が丘~都立大学間で300%となっており、解説には300%は「物理的限界!」と書いてあった。

駅では、ホームから人が溢れると危険なため、「階段止め」といって、ロープでホームへの入場が制限され、電車が1本発車すると解除されるというようなことも行われていた。

学生時代に通学のため山手線を使っていたが、電車を降りてみるとトートバックに入れていた筆箱が見事に折れて破壊していたことがあった。また、ある私鉄に乗った時には、女性のうめき声がするな~と思っていたら、次の駅で担架が運ばれて来た。あまりの混雑で胸を圧迫されて、気を失ったようだった。

平成に入ると、電車運行密度の向上、車両自体の改良、フレックスタイム制/裁量労働制の導入などで、かなり改善された。

20世紀アーカイブ

20世紀後半(1970年代)~2000年代前半の交通,車,スポーツ,施設&イベント,書籍&カタログ,その他の記憶や写真です。